野田尚武税理士事務所
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独断と偏見の歴史入門



お恥ずかしながら、下記に登場する九州大学考古学部教授○○氏の名前が思い出せません。
名前を知っている方がいらっしゃいましたら、メールを頂けると助かります。(^^ゞ

−第1話− 「鴻艫館」と福岡市


 私たちの事務所があるのは、九州の経済的中心地”福岡市”です。黒田藩の城下町として栄えたこの町ですが、古くは大陸への玄関口の役割を果たしてきました。当時の先進国であった中国や朝鮮からは、進んだ技術を伝えるエンジニアや僧侶さらには諸外国の高官等が次々と渡来していたはずです。その為、福岡には当時の迎賓館とも言うべき「鴻艫館」が置かれ、大陸の高貴な客人をもてなしていました。
 第1話目は、この「鴻艫館」をめぐるお話をしてみたいと思います。上記のように、古代における外交の最前線で「鴻艫館」は活躍していました。数多くの要人が、この館で催される宴に旅の疲れを癒した事でしょう。あるいは、静かな部屋で人知れず密約が交わされる場面があったかもしれません。この次期、福岡は日本最大級の国際都市であった訳です。有名な「遣隋使」や「遣唐使」が船出したのも福岡の地からでした。しかしやがてそれらの使節団も廃止され、大陸とのパイプがなくなると、「鴻艫館」は人々の記憶から消滅していきます。古い文献から、その存在は確認されていましたがどこに建っていたのかさえも解らなくなっていったのです。

 時が流れ、昭和時代初頭、九州大学考古学部教授○○氏は「鴻艫館」の跡地を廻る新説を発表しました。従来からの説では、博多湾の西部に位置する西公園と呼ばれる丘陵一帯にあったとする説と博多湾の東部の禅寺が並ぶ御供所町にあったとする説の2つが有力でした。しかし氏は、万葉集に載せられた防人の歌に注目し、鴻艫館等の施設を警護していたはずの彼等が歌に読み込んだ当時の風景がそのいづれとも食い違う事を指摘しました。そして矛盾なく彼等の視界を説明できる場所が、黒田藩の居城「舞鶴城」付近であるとの結論に達したのです。彼の説は当時注目されたものの、裏付けの発掘は行われませんでした。日本が第二次大戦へと突入し、世の中は発掘どころではなくなっていったからでした。再び発掘の機会が訪れたのは大戦後の事でした。長い長い戦いの果てに日本はずたぼろになります。福岡の街も空襲により街も人も、どん底からの再生を始めた時期、再び「鴻艫館」の発掘を試みようとした氏の前に、またしても障害が立ちはだかります。発掘予定地と定めていた場所に市民球場を建設する計画が持ち上がったのです。氏は必死の嘆願を続け発掘の重要性を訴えました。しかし、当時球場の建設を推進していた○○氏にも氏なりの主張がありました。それは、志半ばで死んでいった高校球児の為に、そして再生に向けて立ち上がりつつある福岡の為にも、今は市民球場の建設が最優先である。というものでした。自ら甲子園を目指していた御子息を戦争で亡くされた○○氏は、その主張に頷かざるを得なかったのです。
 こうして、「鴻艫館」跡地と思しき場所に近代的な市民球場が建設されました。福岡市民は平和への願いを込めてこの球場を「平和台球場」と名付けました。以来半世紀近くの間、「平和台球場」は甲子園を目指す高校球児の殿堂として、又西鉄ライオンズのホームグラウンドとして、その全盛期を見守ってきました。福岡市再生のシンボルとして、この球場はいかんなくその指命を果たしたのです。○○氏は、晩年「平和台球場」を見上げては、この下に僕の探していた「鴻艫館」があるんだよ。と語っていたそうです。

 さらに時が流れ、再生なった福岡に新しい球場「福岡ドーム」が建設される事になり「平和台球場」が、その歴史的指命を終えようとしてた頃、外野スタンドの改修工事現場から、おびただしい土器や大規模な遺構が発見されました。「鴻艫館」の遺構です。戦後50年近くたってようやく、氏の説が証明された瞬間でした。残念ながら氏は、その発見を知る事なく、他界されていました。やがて「平和台球場」は取り壊され、「鴻艫館」の本格的な発掘調査が開始されました。福岡市は、ようやく失われた古代の記憶を取り戻したのです。

 「鴻艫館」をめぐるお話は、こんなところです。福岡市では「鴻艫館」の跡地に歴史資料館の建設を計画しているそうです。この資料館によって○○氏の功績が改めて人々に認められる事でしょう。

 今を生きる我々は、この「鴻艫館」を後世に伝える事は勿論、「平和台球場」が、なぜそう名付けられたのか、なぜあえて建設されたのか、その意味も忘れず後世に語り伝えていかなければなりません。それが出来てはじめて「歴史から学んだ教訓」が生かされるのです。でなければ、建設により自らの説を封じた氏の意志が無駄になってしまうでしょう。もうすぐ終戦記念日です。読者の皆さんも戦争と平和について、お風呂の中とか、トイレの中とか、通勤の途中とか、なんでもいいですけど、一度考えてみてはいかがでしょうか。少なくとも、平和ぼけのこの日本の現状は、「まずいんでないかい」っと私は思うのですが。